藤沢市にある辻堂脳神経・脊椎クリニックへようこそ。院長の中川です。
現在の日本では脳梗塞などの脳血管疾患と心筋梗塞・狭心症などの冠動脈疾患により亡くなられる方は、全死亡者数の約23%ほどと非常に大きな割合を占めています。これらの疾患の基盤にある動脈硬化症の予防と治療は非常に重要となります。ここでは動脈硬化症の原因や危険性の高い方の特徴、また当院における動脈硬化症診療について説明していきます。
辻堂脳神経・脊椎クリニック 院長
中川 祐
なかがわ ゆう
慶應義塾大学医学部卒業。慶應義塾大学病院、済生会横浜市東部病院、横浜市立市民病院、済生会宇都宮病院、足利赤十字病院、日野市立病院にて勤務後、辻堂脳神経・脊椎クリニックを開院。 脳神経外科専門医・指導医 脳神経血管内治療専門医
動脈硬化性疾患の危険因子
① 脂質異常症
LDLコレステロールや総コレステロール値の上昇により、心筋梗塞・狭心症などの冠動脈疾患や脳梗塞を発症する危険性が高まります。HDLコレステロールが低値の場合や中性脂肪が高値の場合も冠動脈疾患や脳梗塞が発症しやすくなることが複数の研究から示されています。詳細は脂質異常症の頁もご参照ください。
② 喫煙
喫煙は冠動脈疾患と脳卒中を発症する危険性を増加させ、また死亡する危険性も喫煙により高まります。喫煙本数が増えるほどに危険性も増加しますが、1日1本の喫煙本数であったとしても非喫煙者と比較して冠動脈疾患を約2倍発症しやすくなり(男性:1.74倍、女性:2.19倍)、1日20本喫煙する場合と比べて約半分程度のリスク上昇があることが示されています。また喫煙は腹部大動脈瘤と末梢動脈疾患の危険性も上昇させます。
喫煙は独立した動脈硬化性疾患の危険因子ですが、2型糖尿病や脂質異常症、メタボリックシンドロームの発症リスクを上昇させることもあり、さらに動脈硬化性疾患のリスク上昇に関与しています。
受動喫煙も冠動脈疾患と脳卒中発症の危険性を上昇させ、さらに2型糖尿病やメタボリックシンドロームの発症リスクも上昇させることが報告されています。
③ 高血圧
高血圧は脳血管障害や冠動脈疾患・心不全、慢性腎臓病の危険因子であり、また認知症発症リスクも上昇させることが報告されています。日本の複数の研究を統合して解析した結果から全ての脳心血管病死亡の50%、脳卒中死亡の52%、冠動脈疾患死亡の59%が高血圧に起因する死亡と評価されたことから、非常に重要な危険因子です。詳細は高血圧の頁をご参照ください。
④ 耐糖能異常 / 糖尿病
糖尿病は脳血管障害や冠動脈疾患の発症を1.5~3.6倍ほど増加させ、また末梢動脈疾患も3~4倍増加させます。さらに糖尿病があると心血管疾患の予後が糖尿病がない方よりも悪くなり、脳梗塞の再発率も高いことが知られています。
糖尿病の合併症である糖尿病網膜症や糖尿病性腎症、糖尿病性神経障害を併存すると心血管疾患を起こす危険性がさらに増すことが示されています。
血糖値が糖尿病まではいかないけれど正常でもない境界の状態を耐糖能異常と呼びます。この耐糖能異常は「糖尿病予備軍」や「境界型糖尿病」などとも呼ばれ、耐糖能異常のない方と比較して脳心血管疾患により死亡する危険性が高いことが報告されています。
⑤ メタボリックシンドローム
お腹の臓器の周りに蓄積する内臓脂肪は皮下脂肪とは異なる特性があり、内臓脂肪の蓄積は動脈硬化症の危険性を高めます。メタボリックシンドロームではアディポサイトカイン(脂肪組織由来生理活性分子)の分泌異常により動脈硬化を促進します。また脂質異常症、耐糖能異常、高血圧を介して間接的にも動脈硬化を促進します。
内臓脂肪の蓄積はウエスト周囲長の増大として現れ、男性では85cm以上、女性では90cm以上で内臓脂肪蓄積と判断されます。加えて肥満の判定に用いられる体格指数:Body Mass Index(BMI)が25を超えると肥満と定義され、両方が合わさると内臓脂肪型肥満と診断されます。メタボリックシンドロームは内臓脂肪蓄積に加えて、脂質異常、血圧高値、血糖高値の3項目中2項目を満たすと診断されます。メタボリックシンドロームは動脈硬化性疾患を起こしやすい病態であることが示されています。
※BMI=体重(kg)÷[身長(m)]2
⑥ 慢性腎臓病
尿検査や血液検査により腎臓の障害が認められ、その状態が3ヶ月以上持続する場合に慢性腎臓病と診断されます。慢性腎臓病では腎臓の機能障害が進み、腎臓が機能しなくなる末期腎不全という状態になってしまう危険性があります。また死亡したり心血管疾患を起こす危険性も高いです。このような危険性は腎臓の機能が低下するほどに高くなることが示されています。
⑦ 冠動脈疾患の家族歴
両親や兄弟姉妹などの第1度近親者に冠動脈疾患(狭心症や心筋梗塞)を患った方がいる場合は冠動脈疾患発症の危険性が約2~3倍高まることが報告されています。特に比較的若い年齢で発症したご家族がいる場合(男性で55歳未満、女性で65歳未満)に危険性が高いです。
同じ家庭内で生活するため食事や運動などの生活習慣が似ていることも原因として考えられますが、これらの影響を統計学を用いて除いても近親者に冠動脈疾患遺の既往がある場合は危険性が高いことが示されています。いまだ解明されていない遺伝的要因が関与していることが推測されています。
⑧ 多量飲酒
アルコール摂取による動脈硬化性疾患への影響は疾患により異なり、脳出血では飲酒量が増加するほどに発症率や死亡率が高まります。一方で脳梗塞や心筋梗塞においては非飲酒者よりも少量飲酒者が発症率や死亡率が低いことが示されています。ただし多量飲酒となるとこれらの疾患の死亡率が高まり、多量飲酒は動脈硬化性疾患の危険性をあげてしまいます。
このような結果から動脈硬化性疾患の予防には飲酒をできるだけ控えるか、もしくは純アルコール換算で25g以下(目安量:日本酒1合もしくはビール中瓶1本程度)の飲酒量とすることが推奨されています。
⑨ 冠動脈疾患の既往 / 脳梗塞の既往 / 頸動脈の動脈硬化所見
冠動脈疾患を患ったことがある方や脳梗塞を患ったことがある方は、冠動脈疾患や脳梗塞といった動脈硬化性疾患を再び起こしやすいことが報告されています。
⑩ 頸動脈の動脈硬化所見 / 下肢末梢動脈疾患
頸動脈の動脈硬化所見がある場合は脳梗塞や冠動脈疾患を起こしやすいことが示されています。
また下肢の動脈が狭窄や閉塞を起こす下肢末梢動脈疾患でも冠動脈疾患や脳血管障害を起こす危険性が高いことが報告されています。
動脈硬化症の検査
足関節上腕血圧比:ankle brachial index (ABI)
足首で測定する下肢の血圧と上腕で測定する上肢の血圧の比を測る検査です。動脈硬化症では下肢の動脈に狭窄や閉塞が起こる閉塞性動脈硬化症を起こしやすく、ABIは下肢の末梢動脈疾患の診断に用いられます。ABIの正常値は1.00~1.39ですが、下肢の末梢動脈疾患では数値が低下します。ABIが0.9未満では冠動脈疾患や脳血管疾患などの動脈硬化性疾患を約3~4倍起こしやすくなります。
脈波伝達速度:pulse wave velocity (PWV)
心臓から押し出された血液の拍動は、血管の壁を伝わり末梢まで届きます。人の血管の壁は弾性線維で構成されているため、血液の拍動により血管壁がゴムのように進展し、血管が拡張します。その後、伸びたゴムが戻るように血管の壁が収縮し、末梢へ拍動が伝わっていきます。動脈硬化は文字通り血管壁が硬くなるので血管の壁は進展せずに拍動はそのまま末梢へ伝わります。そのため動脈硬化が進むほどに末梢まで伝わる速度は速くなります。PWVの数値が上昇することは動脈硬化が進んでいることを示します。
頸動脈エコー
動脈の血管壁は内膜、中膜、外膜の3つの層から構成されています。動脈硬化では動脈の内膜にコレステロールなどが蓄積し、内中膜の厚みが増します。頸動脈エコー検査で、この内中膜の厚みやプラークの有無を検査します。
動脈硬化性疾患の治療
脂質管理
動脈硬化性疾患の危険因子を評価し、動脈硬化性疾患を発症する危険性を算出します。その上でご年齢や併存疾患から脂質の管理目標値を設定します。脂質異常症の治療に関しましては、脂質異常症の頁もご参照ください。
禁煙
禁煙は動脈硬化疾患の発症や死亡率を低下させ、効果は禁煙開始とともに速やかに現れます。喫煙本数を減らしたり、低ニコチン低タールたばこに切り替えることでは脳心血管疾患の危険性は低下しません。そのため動脈硬化性疾患予防のためには禁煙は必須です。時折、「いまさら禁煙しても意味ないよね?」と聞かれますが、禁煙の効果は年齢を問わずに認められるため、高齢であっても禁煙により動脈硬化性疾患の危険性は低下します。
また受動喫煙も危険性が上昇することが明らかとなっているため、非喫煙者も受動喫煙を回避することが重要です。
多量飲酒の是正
まず非飲酒者に飲酒を推奨するわけではありません。
動脈硬化性疾患の予防のためには飲酒者は飲酒頻度やアルコール摂取量をより減らすことが重要です。飲酒量が適正量であるかの判断には、1回飲酒量や休肝日の有無、飲酒機会の頻度など飲酒状況を確認する必要があります。世界保健機関が開発したアルコール使用障害同定テスト(AUDIT: Alcohol Use Disorders Identification Test)が広く使用されており、8〜14点の方では問題のある飲酒習慣です。15〜40点の方はアルコール依存症が疑われます。8点以上の方はかかりつけ医にご相談ください。
1.アルコール含有飲料をどのくらいの頻度で飲みますか? 0: 飲まない 1: 1か月に1度以下 2: 1か月に2~4度 3: 1週に2~3度 4: 1週に4度以上 | |
2.飲酒するときには通常どのくらいの量を飲みますか? 0: 0~2ドリンク 1: 3~4ドリンク 2: 5~6ドリンク 3: 7~9ドリンク 4: 10ドリンク以上 | |
3.1度に6ドリンク以上飲酒することがどのくらいの頻度でありますか? 0: ない 1: 1か月に1度未満 2: 1か月に1度 3: 1週に1度 4: 毎日あるいはほとんど毎日 | |
4.過去1年間に、飲み始めると止められなかったことが、どのくらいの頻度でありましたか? 0: ない 1: 1ヶ月に1度未満 2: 1ヶ月に1度 3: 1週に1度 4: 毎日あるいはほとんど毎日 | |
5.過去1年間に、普通だと行えることを飲酒していたためにできなかったことが、 どのくらいの頻度でありましたか? 0: ない 1: 1ヶ月に1度未満 2: 1ヶ月に1度 3: 1週に1度 4: 毎日あるいはほとんど毎日 | |
6.過去1年間に、深夜の後体調を整えるために、朝迎え酒をせねばならなかったことが、 どのくらいの頻度でありましたか? 0: ない 1: 1ヶ月に1度未満 2: 1ヶ月に1度 3: 1週に1度 4: 毎日あるいはほとんど毎日 | |
7.過去1年間に、飲酒後罪悪感や自責の念にかられたことが、 どのくらいの頻度でありましたか? 0: ない 1: 1ヶ月に1度未満 2: 1ヶ月に1度 3: 1週に1度 4: 毎日あるいはほとんど毎日 | |
8.過去1年間に、飲酒のために前夜の出来事を思い出せなかったことが、 どのくらいの頻度でありましたか? 0: ない 1: 1ヶ月に1度未満 2: 1ヶ月に1度 3: 1週に1度 4: 毎日あるいはほとんど毎日 | |
9.あなたの飲酒のために、あなた自身か他の誰かが怪我をしたことがありますか? 0: ない 1: あるが、過去1年にはなし 4: 過去1年間にあり | |
10.肉親や親戚、友人、医師、あるいは他の健康管理にたずさわる人が、 あなたの飲酒について心配したり、飲酒量を減らすように勧めたりしたことがありますか? 0: ない 1: あるが、過去1年にはなし 4: 過去1年間にあり |
過剰な体重と内臓脂肪の減少
食事療法と運動療法を行い、3~6か月間で体重とウエスト周囲長の3%以上の減少を目指します。内臓脂肪蓄積に起因する糖代謝異常、脂質異常、血圧上昇は早期に改善されやすく、短期間で体重をBMIが25未満まで下げる必要はありません。短期間での体重減少は高率に体重のリバウンドを招くため推奨されていません。
食事療法
過食に注意し、適正な体重を維持する
肉の脂身、動物脂、加工肉、鶏卵の大量摂取を控える
魚の摂取を増やし、低脂肪乳製品を摂取する
未精製穀類、緑黄色野菜を含めた野菜、海藻、大豆および大豆製品、ナッツ類の摂取量を増やす
糖質含有量の少ない果物を適度に摂取し、果糖を含む加工食品の大量摂取を控える
アルコールの過剰摂取を控え、1日25g以下に抑える
食塩の摂取は1日6g未満を目標とする
詳細に関しましては、食事療法のページをご覧ください。
運動療法
「運動」とは安静にしている状態よりも多くのエネルギーを消費する全ての動作を指します。
有酸素運動
歩行やスロージョギングなどの有酸素運動は中性脂肪やコレステロールなどの血清脂質や血圧を改善し、日頃の仕事や家事などの生活活動も含めた身体活動の習慣的な増加は、動脈硬化性疾患の発症予防および生命予後の改善に有効です。
中強度以上の運動を1日30分以上、週3日以上行うことが推奨されます。
- 歩行・ウォーキング
- 速歩
- 水泳
- エアロビクスダンス
- スロージョギング
- サイクリング
- ベンチステップダンス
- 歩行・階段
- 床掃除
- 庭仕事
- 洗車
- 運搬
- 介護
- 子供と遊ぶ
運動療法以外の時間もこまめに動き、座ったままの生活を避けましょう!
レジスタンス運動
レジスタンス運動は筋肉に負荷をかける運動を繰り返し行う運動で、いわゆる「筋トレ」です。
レジスタンス運動には血清脂質、血圧、血糖値の改善効果が示されており、動脈硬化性疾患の発症予防に有効です。
座位時間の減少
座っている時間が長いと糖尿病の発症や心血管疾患の発症、脳卒中の発症、死亡率が上昇します。用量反応性が確認されているため、座位の時間が長いほどに危険性が高くなります。
座っている時間を減らしましょう。
薬物療法
生活習慣の改善や食事療法・運動療法を施行しても目標の数値に到達しない場合や極端に数値が悪化している場合などは薬物治療の開始が必要です。脂質異常症、高血圧症、糖尿病などの疾病と肝臓や腎臓の機能や年齢・体格など個々の病態に合わせて薬物を決定します。詳細は各疾病ごとの頁をご覧ください。
心筋梗塞や脳卒中のような動脈硬化性疾患は日本における主要な死因となっていますが、生活習慣の改善や早期の治療により予防が可能でもあります。健診で異常を指摘された場合などはお早めにご相談ください。