執筆・監修:中川 祐 / 辻堂脳神経・脊椎クリニック院長:【脳神経外科 / ヘルスケアライター等】
「先生、頭痛もひどいんですが、ふわふわするような、あるいはぐるぐる回るような『めまい』に悩まされているんです」
クリニックの診察室で、私たちはこのような訴えを頻繁に耳にします。しかし、多くの患者さん、そして時には医療従事者でさえも、その「めまい」と「片頭痛」を切り離して考えてしまいがちです。
2025年に発表された最新の研究は、私たちの想像以上に片頭痛とめまい(前庭症状)が密接に、そして深刻に結びついていることを明らかにしました。今回は、2,801人という大規模な調査から見えてきた、片頭痛患者が直面する「前庭症状」の正体について深掘りします。
「片頭痛=頭痛」という思い込みを捨てる
68.4%
今回の研究では、新たに片頭痛と診断された患者2,801人のうち、実に68.4%(1,916人)が何らかの前庭症状(VS: Vestibular Symptoms)を経験していることが判明しました。つまり、片頭痛患者の3人に2人は、頭痛だけでなく「めまい」の苦しみも抱えているのです。
片頭痛は単なる「ひどい頭痛」ではありません。それは脳全体の過敏性から生じる複雑な神経疾患です。

研究で定義された症状には、以下のようなものが含まれます
- 外部回転性めまい (External vertigo): 周囲が回っている、あるいは流れているような感覚。(最も多い:56.3%)
- 内部回転性めまい (Internal vertigo): 自分が回っている、あるいは動いているような感覚。(47.9%)
- 頭位誘発性めまい (Head motion-induced vertigo): 頭を動かしたときに生じる回転性のめまい。(35.9%)
- 視覚誘発性めまい (Visually-induced vertigo): 複雑な視覚刺激や大きな動きによって誘発されるもの。
- 吐き気を伴う頭位誘発性めまい: 頭の動きによって生じる空間識失認と吐き気。

「前庭性片頭痛」という診断のハードル
ここで重要な事実があります。前庭症状を訴える患者の約7割(68.4%)に対し、「前庭性片頭痛(VM: Vestibular Migraine)」という厳格な診断基準を満たしたのは全体のわずか15.2%(426人)に過ぎませんでした。
これは、現在の診断基準(ICHD-3など)が非常に厳格であり、「診断名はつかないけれど、深刻なめまいに苦しんでいる」多くの患者さんを救いきれていない可能性を示唆しています。

現行の診断基準では、前庭症状による実質的な影響を受けている患者をすべて捉えきれていない可能性があることを認識する必要があります。
目に見えない「生活の質の低下」
この研究が最も強調しているのは、診断名の有無にかかわらず、前庭症状があるだけで患者の生活は劇的に困難になるという点です。
本研究の核心は、患者を以下の3つのグループに分けて比較した点にあります。
- グループ I :めまい症状がない片頭痛患者
- グループII:めまい症状はあるが、前庭性片頭痛(VM)の診断基準は満たさない患者(Non-VM VS)
- グループIII :前庭性片頭痛(VM)の診断基準を満たす患者
その結果、グループII(非VM)であっても、前庭症状がない患者に比べて、以下のような顕著な悪化が見られました。
| 評価項目 | グループ I | グループII | グループIII |
|---|---|---|---|
| 片頭痛障害度 (MIDAS) | 23.6±36.4 | 33.8±45.8 | 40.9±48.9 |
| 睡眠の質 (PSQI) | 8.6±3.9 | 10.1±4.0 | 10.6±4.0 |
| 不安スコア (HADS-A) | 6.9±4.3 | 9.0±4.1 | 9.1±4.1 |
| うつスコア (HADS-D) | 5.8±4.2 | 6.9±4.2 | 7.1±4.5 |
驚くべきことに、睡眠の質や不安・うつの度合いに関しては、正式に「前庭性片頭痛」と診断された患者と、そうでない前庭症状ありの患者との間に統計的な差はありませんでした。つまり、「診断がつくかどうか」よりも「症状があるかどうか」が、患者の精神的な苦痛や生活の質に直結しているのです。

なぜ片頭痛で「めまい」が起きるのか?
脳内で何が起きているのでしょうか。最新の仮説では、CGRP(カルシトニン遺伝子関連ペプチド)という物質が重要な役割を果たしていると考えられています。
CGRPは片頭痛の痛みに関わる中心的な物質ですが、これが前庭神経核(平衡感覚を司る脳の一部)を感作させ、めまいを引き起こすことが動物モデルで示されています。また、前庭性片頭痛の患者に抗CGRP抗体製剤を使用すると、頭痛だけでなく前庭症状も有意に改善したという報告もあり、治療の光が見え始めています。
私たちがこれからすべきこと
この研究結果は、私たち臨床医、そして患者さんに明確なアクションを促しています。
- 積極的なスクリーニング: 片頭痛の診察において、「めまい」の有無を日常的に確認すること。
- 診断基準の柔軟な解釈: 基準を満たさなくても、めまいによる支障がある場合は、適切なケアや治療介入を検討すること。
- デジタルツールの活用: スマートフォンやウェアラブルデバイスを用いた、客観的なめまいモニタリングの導入(今後の期待)

70%の声なき声に耳を傾けて
「頭痛が治まれば、めまいも気にならなくなるだろう」 そう考えて我慢している患者さんは少なくありません。しかし、今回の研究は、めまいが頭痛と同等、あるいはそれ以上に患者の生活を蝕んでいる実態を浮き彫りにしました。
片頭痛患者の約7割が経験するこの症状は、決して「稀なケース」でも「気のせい」でもありません。それは片頭痛という疾患の、極めて一般的でありながら、これまで過小評価されてきた本質的な側面なのです。
もし、あなたが片頭痛持ちで、ふとした瞬間の浮遊感や回転感に悩まされているなら、それは「ついで」の症状として片付けるべきではありません。主治医にその苦しさを具体的に伝え、睡眠やメンタルヘルスの状態も含めて相談することが、QOLを取り戻す第一歩になるはずです。そして医療従事者は、診断基準という「枠」の向こう側にいる、多くの「めまい苦悩者」たちの存在を、今一度認識し直す必要があるでしょう。

最後までお読みいただきありがとうございました。あなたの毎日が少しでも健やかでありますように。

辻堂脳神経・脊椎クリニック 院長
中川 祐
なかがわ ゆう
慶應義塾大学医学部卒業。慶應義塾大学大学院医学研究科博士課程修了医学博士。慶應義塾大学病院、済生会横浜市東部病院、横浜市立市民病院、済生会宇都宮病院、足利赤十字病院、日野市立病院にて勤務後、辻堂脳神経・脊椎クリニックを開院。 脳神経外科専門医・指導医 脳神経血管内治療専門医

