片頭痛の中でも特に前兆のある片頭痛と卵円孔開存には関連性があることが示されています。ここでは最新の科学的根拠をもとに卵円孔開存と片頭痛との関連や勧められる治療について説明していきます。

辻堂脳神経・脊椎クリニック 院長
中川 祐
なかがわ ゆう
慶應義塾大学医学部卒業。慶應義塾大学病院、済生会横浜市東部病院、横浜市立市民病院、済生会宇都宮病院、足利赤十字病院、日野市立病院にて勤務後、辻堂脳神経・脊椎クリニックを開院。 脳神経外科専門医・指導医 脳神経血管内治療専門医
片頭痛と卵円孔開存(Patent Foramen Ovale:PFO)の関係
卵円孔開存(PFO)とは?
心臓の左右の心房を隔てる中隔には穴が開いており、通常は出生後に閉鎖します。これが出生後も閉じないままの状態が卵円孔開存(PFO)です。一般人口の約25%に見られる比較敵一般的な心臓の構造的変異です。
卵円孔が開存していると右心房から左心房へ直接血液が流れる「右左シャント」が形成されることがあります。通常、血液は肺循環を経て左心房に戻りますが、このシャントにより肺循環をバイパスした血液が全身へ送られます。
片頭痛と卵円孔開存(PFO)の関係
前兆のある片頭痛患者さんでは卵円孔開存(PFO)が約50%に認められます。一般人口の25%と比較して明らかに高い割合です。
逆に卵円孔開存(PFO)がある場合、前兆のある片頭痛を起こすリスクが約3倍高くなることが報告されています。
片頭痛と卵円孔開存の患者さんでは、冠攣縮性狭心症の合併も多いことが報告されています。これらの状態は共通のメカニズムを持つ可能性があります。
卵円孔開存(PFO)と脳血流の関係
微小栓子
静脈で形成される血栓など血管を詰まらせる原因となる栓子が静脈の流れに乗って右心房へ流れ着きます。
卵円孔通過
微小栓子は通常は右心房から右心室、肺へと流入し、ここで濾過される。PFOがあると微小栓子は右心房から左心房へ通過し、肺で濾過されません。
脳へ流入
卵円孔を通過した微小栓子は椎骨脳底動脈系へ流入しやすいことが報告されています。
N Venketasubramanian, et al. Vascular distribution of paradoxical emboli by transcranial Doppler. Neurology. 1993 Aug; 43(8):1533-5
視床下部・後頭葉
椎骨脳底動脈系へ流入することで、片頭痛の前兆に関連する視床下部や後頭葉への影響が起こり、片頭痛発作を誘発する可能性があります。
無症候性脳梗塞
前兆のある片頭痛患者さんでは椎骨脳底動脈系において無症候性を含めた脳梗塞が有意に多いことが示されています。
MC Kruit, et al. Migraine as a risk factor for subclinical brain lesions. JAMA. 2004 Jan 28; 29(4): 427-34
右左シャント
前兆のある片頭痛患者さんでは右左シャント(右心房から左心房へ血液が流れること)が有意に多く、シャント量も中等量以上が多いことがわかっています。
卵円孔を通過するのは微小栓子だけではない!?
卵円孔開存症では、通常肺循環(右心房→肺→左心房と血液が流れる経路)で除去される様々な物質が全身循環に入り込みます。ホモシステインなどの物質は過凝固状態を引き起こし、セロトニンやカルシトニン遺伝子関連ペプチド(CGRP)などの血管作動性物質は血管の攣縮や片頭痛発作を引き起こすと考えられています。

卵円孔開存による片頭痛発症のメカニズム
微小栓子の通過
卵円孔開存(PFO)により、通常は肺循環で除去されるべき微小栓子や血管作動性物質が右心房から左心房へ通過します。
皮質拡延性抑制(CSD)の発生
微小栓子により一時的に血管が閉塞するとCSDを引き起こします。血管閉塞が長引くと微小梗塞となります。

微小栓子により皮質拡延性抑制(CSD)が誘発されることは動物を用いた研究で確認されています。
卵円孔開存による片頭痛誘発の証拠
心房細動に対するカテーテル治療後に片頭痛の新規発症もしくは片頭痛の増加が起こることが報告されています。これはカテーテル治療に伴い右心房から左心房へ中隔を貫いてカテーテルを通過させるため、人工的な卵円孔開存と呼べるような状態が発生するためと考えられています。多くの場合、この片頭痛症状は穴の閉鎖と共に1〜2年で完全に消失します。
PFOにより右心房から左心房へ血液が流れる『右左シャント』が起きているかの検査として経頭蓋ドプラ検査が行われます。検査では空気微小栓子(マイクロバブル)を注入しますが、これにより7.5%で典型的な前兆のある片頭痛が誘発されることが報告されています。
右心房と左心房の間に穴があり、微小栓子が通過して脳に流れ込むと片頭痛が誘発されます。
経皮的卵円孔閉鎖術の臨床試験結果
2008年に報告された片頭痛の消失率を比較した試験です。
卵円孔閉鎖術を行っても片頭痛の消失率の有意な低下は認められませんでした。
2016年に報告された片頭痛の減少日数を比較した試験です。
卵円孔閉鎖術を行っても片頭痛の減少日数に有意な低下は認められませんでした。
2017年に報告された片頭痛発作の50%減少率をを比較した試験です。
卵円孔閉鎖術を行っても片頭痛発作の50%減少率の有意な低下は認められませんでした。しかし治療群では片頭痛の減少日数と1年完全寛解率で有意な改善が認められました。
期待された3つの臨床試験では、治療の主要評価項目で有意な効果が認められませんでした。
2021年にPRIMA試験とPREMIUM試験のデータを合わせて解析された報告がされました。
PFO閉鎖術は安全性が高く、月平均片頭痛日数および月平均片頭痛発作回数を有意に減少させました。また片頭痛の完全な停止を経験した患者さんの数が多いことも示されましたた。

このほかにも卵円孔開存の閉鎖術により片頭痛が改善したという報告はあります。
しかしMIST、PRIMA、PREMIUMと3つの試験で主要評価項目で有意な治療効果が示せなかったため、片頭痛に対して経皮的卵円孔開存閉鎖術の有効性は確立されておらず、現時点では推奨されておりません。
卵円孔開存を伴う片頭痛に対する治療推奨
片頭痛に対する経皮的卵円孔開存閉鎖術の有効性は確立されておらず、現時点では片頭痛治療として推奨されていません。ただし脳梗塞既往のある場合は脳梗塞の再発予防のため治療が検討されることがあります。
卵円孔開存がある場合でも基本的には従来通りの片頭痛治療が優先されます。急性期治療のトリプタン製剤を用いたり、通常通りの予防療法が行われます。ただし冠攣縮性狭心症の合併がある場合にはトリプタンは使用できません。
その他の有効性が示された治療
卵円孔開存を有する治療抵抗性の片頭痛患者さんでは抗血小板薬の使用により、頭痛の期間が大幅に短縮、視覚性前兆の減少、片頭痛に伴う障害の減少が示されています。ただしルーチンでの抗血小板薬の使用は確立されておらず、推奨されていません。
よくあるご質問
- 卵円孔開存は危険な状態ですか?
- 卵円孔開存は一般人口の約25%(4人に1人)に見られる比較的一般的な心臓の構造的変異です。多くの場合、生涯にわたって症状がなく、特別な治療も必要ありません。しかし、前兆のある片頭痛や原因不明の脳梗塞などの症状がある場合は、医師に相談することが重要です。
- 片頭痛があれば卵円孔開存の検査を受けるべきですか?
- 全ての片頭痛患者さんに卵円孔開存の検査が推奨されるわけではありません。特に前兆のある片頭痛で、標準治療に反応しない場合や、若年性の脳梗塞の既往がある場合などに検討されることがあります。検査の必要性については主治医とご相談ください。
- 卵円孔開存が見つかった場合、閉鎖術を受けるべきですか?
- 片頭痛の治療のみを目的とした卵円孔閉鎖術は、現時点では標準治療として推奨されていません。脳梗塞の既往がある場合には、再発予防として検討されることがありますが、片頭痛のみの場合は従来の片頭痛治療を行うことが一般的です。
当院は毎日頭痛専門外来をおこなっております。日曜日も診療を行なっておりますので、お気軽にご相談ください。