片頭痛の予防薬としてCGRP関連抗体薬が2021年に日本でも使用が可能となりました。CGRPはカルシトニン遺伝子関連ペプチド(Calcitonin Gene Related Peptide)の略であり、神経伝達物質として機能する37のアミノ酸からなるポリペプチドです。片頭痛の発症において中心的な役割を果たすことが30年以上にわたる研究により明らかになっています。CGRPは脳や脊髄といった中枢神経系以外にも心臓血管系、腸管など体内の広い組織に分布しています。ここでは片頭痛治療の上で非常に重要となるCGRPについて詳しく解説します。

辻堂脳神経・脊椎クリニック 院長
中川 祐
なかがわ ゆう
慶應義塾大学医学部卒業。慶應義塾大学病院、済生会横浜市東部病院、横浜市立市民病院、済生会宇都宮病院、足利赤十字病院、日野市立病院にて勤務後、辻堂脳神経・脊椎クリニックを開院。 脳神経外科専門医・指導医 脳神経血管内治療専門医
CGRPの基本構造と発見の歴史
1982年に神経伝達物質として最初に同定されました。当初は神経ペプチドとして認識されましたが、後に多様な生理機能を持つことが明らかになりました。
37個のアミノ酸からなるポリペプチドであることが特定され、α-CGRPとβ-CGRPの2つのサブタイプが確認されました。
血管拡張作用や神経調節因子としての役割が解明され、片頭痛治療のターゲットとして注目されるようになりました。
2000年代以降、CGRP阻害薬が片頭痛治療薬として開発され、臨床応用されるようになりました。


CGRPの研究は発見から40年以上経った現在も続いており、特に脳神経分野における重要性が高まっています。片頭痛に関与するのは主にα-CGPRであり、三叉神経系に多く分布しています。一方、β-CGRPは主に腸管神経系に分布しています
CGRPの分布
CGRPは感覚神経細胞で豊富に発現しており、特に三叉神経系の神経細胞では高濃度に認められます。シナプスにおいて神経伝達物質として放出され、シナプス後受容体に結合して作用します。
甲状腺や肺および気道上皮、小腸、副腎、膵臓、皮膚など複数の臓器に存在する神経内分泌細胞でもCGRPの発現が確認されています。その他にも脂肪細胞や白血球などの非神経細胞でも合成、分泌されます。
非神経細胞におけるCGRPの生物学的意義は明らかではありません。
ただしCGRPはヒト血漿中において速やかに分解されるため、重要な内分泌活性を持つ可能性は低いと考えられています。
片頭痛におけるCGRPの役割
CGRPレベルの上昇:最初の重要な発見
片頭痛発作時の頚静脈中のCGRP濃度上昇はスマトリプタンにより低下し、片頭痛の軽減と一致することが報告されました。
片頭痛発作中および発作間欠期に唾液や涙などの複数の体液でもCGRP濃度が上昇することが示されました。
これらの発見は片頭痛研究における重要な転換点となり、CGRPが単なる随伴症状ではなく、片頭痛の病態生理に直接関与していることが示唆されました。
CGRPによる片頭痛の誘発
63%
即時の片頭痛発作
CGRPを静脈注射することで片頭痛患者さんの63%で片頭痛の基準を満た頭痛を投与後すぐに起こすことが確認されました。
84%
遅発性頭痛
CGRPを静脈注射すると片頭痛患者さんの84%で12時間以内に頭痛発作を起こすことが確認されました。
0%
対照群での重篤な頭痛
片頭痛を持たない健康対照者では頭部の膨満感のような軽い即時型頭痛のみで片頭痛様の発作は誘発されませんでした。
これらの研究から、CGRPは片頭痛の結果として上昇するのではなく、CGRPの上昇により片頭痛が引き起こされることが示されました。

健常人はCGRPを投与されても片頭痛を起こさず、片頭痛患者さんのみが片頭痛を起こすことから片頭痛患者さんはCGRPに対して高い感受性を持っていることがわかります。
まれこれらの研究でCGRP投与によって起こされた頭痛はトリプタン投与によって改善することも確認されました。
家族性片麻痺性片頭痛における特異的反応
片頭痛と片麻痺を起こす遺伝性疾患である家族性片麻痺性片頭痛(FMH1)の患者さんではCGRP投与により片頭痛が誘発されなかったことが報告されています。この結果は、片頭痛の原因にはCGRPに加えて他の因子も関与していることを示しています。
以上のことから遺伝的背景により片頭痛の発症メカニズムが異なる可能性が考えられます。CGRP関連抗体薬が無効である片頭痛患者さんが約1割程度いますが、今後その他のメカニズムが解明されることで有効な治療薬ができることが期待できます。
CGRP標的治療薬の臨床的有効性
急性期治療薬
片頭痛発作の痛みを和らげる急性期治療薬としてCGRP受容体拮抗薬(ゲパント)が開発され、良好な治療効果が報告されています。
予防薬
CGRPモノクローナル抗体薬が予防薬として良好な成績をあげています。日本では3種類の製剤が保険適応を取得し、実際に使用されています。
CGRPの重要性
CGRPを対象とした急性期治療薬、予防薬の両方での有効性は片頭痛の開始と維持の両方におけるCGRPの重要性を示しています。
日本で使用可能なCGRP標的薬剤
日本で保険適応があるのはエムガルティ®、アジョビ®、アイモビーグ®の3種類のCGRPモノクローナル抗体薬です。これらの薬剤はCGRPの作用を阻害することで片頭痛を予防できることが示されています。
海外で承認されているゲパント
ゲパント(Gepant)とは低分子CGRP受容体拮抗薬のことであり、海外ではすでに承認され、実際に使用されています。日本においても治験が進行中であり、近い将来に使用可能となることが期待されています。複数のゲパントがあり、急性期治療薬として使用されるゲパントと予防薬として使用されるゲパントがあります。
モノクローナル抗体薬は皮下注射、ゲパントは経口投与されます。またモノクローナル抗体薬は予防薬として使用、ゲパントは急性期治療薬と予防薬の両方があります。
※ただし日本未承認のモノクローナル抗体薬であるエプチネズマブは予防薬ですが、点滴静注することで片頭痛発作を30〜60分以内に治療できます。
アメリカのFDAで承認されている急性期治療薬
- リメゲパント
- ウブロゲパント
経口投与で迅速に効果が発現し、片頭痛が改善します
アメリカのFDAで承認されている予防薬
- アトゲパント
- リメゲパント
経口摂取を繰り返すことにより片頭痛が予防されます
CGRPを標的とした薬剤が世界的には7剤使用されていて、これらの臨床的有効性からも片頭痛におけるCGRPの役割が大きいことがわかります。
CGRP研究における現在の理解
片頭痛の性差とCGRP
思春期以前には片頭痛の発生頻度に性差はほぼ認めませんが、思春期以降では女性の方が男性の3〜4倍多く発症するようになります。この性差は閉経後に減少することから、卵巣ステロイドホルモン、特にエストロゲンとプロゲステロンの変動が片頭痛発症に深く関与していると示唆されています。
L Al-Hassany, et al. Sex and gender differences in migraine. Front Neurol. 2020. Oct 22:11:549038
女性で片頭痛が多いことにCGRPがどのように関連しているかについては、まだ完全には解明されていません。
CGRPの作用部位
脳の血管は他臓器の血管と異なり血液脳関門という特殊な構造を有します。この血液脳関門は有害な物質が血液中から脳へ移行しないために機能していますが、逆に脳へは薬も届きにくくなります。実際に片頭痛予防薬であるCGRPモノクローナル抗体薬はごくわずかにしか脳内に移行できません。つまりCGRPモノクローナル抗体薬は脳内(中枢)ではない部位(末梢)で作用しており、それにも関わらず片頭痛を予防できる結果から片頭痛ではCGRPが末梢で作用している可能性が非常に高いと考えられています。
末梢性CGRPの作用メカニズム
CGRPは三叉神経系内の3つの異なる領域に作用します。末梢側から三叉神経線維、三叉神経節、三叉神経脊髄路核の3箇所です。
硬膜(三叉神経線維)
求心性三叉神経線維(感覚神経である三叉神経の神経線維の最も末梢側)は活性化すると、硬膜でCGRPを放出します。CGRPの作用により硬膜の血管拡張と神経原性炎症を引き起こし、さらなるCGRP放出と末梢の感作につながります。
三叉神経節
三叉神経節では放出されたCGRPが神経細胞体やサテライトグリアに作用し、CGRPのさらなる放出や侵害受容細胞体の興奮を促進します。
三叉神経脊髄路核
三叉神経を介して伝わる感覚の刺激は、脳幹にある三叉神経脊髄路核でシナプス結合を介して二次ニューロンへ伝えられます。CGRPは三叉神経脊髄路核で二次ニューロンの活性化と中枢性感作を引き起こし、これが痛みの知覚につながります。

3つの作用部位はいずれも片頭痛の病態形成に重要な役割を果たしていると考えられています。
片頭痛における血管の役割の再評価
1.従来の血管説
片頭痛の血管説とは脳血管の収縮と拡張が片頭痛の原因となるという考え方です。この血管説では前兆時に脳血管が収縮し脳血流が低下する、その後に脳血管が拡張すると拍動により三叉神経が刺激されて痛みが生じるというものでした。ただ脳血流が低下している段階で頭痛が始まる場合もあることが報告され、血管説だけでは片頭痛のメカニズムを完全には説明できず、これらの血管の変化は全て片頭痛の結果として起こる随伴現象であるという考えが一般的となりました。
2.血管拡張物質の共通性
血管説は否定されましたが、血管拡張作用を持つ多くの物質が片頭痛を誘発することが報告されています。この中にはCGRPや一酸化窒素(NO)、下垂体アデニル酸シクラーゼ活性化ペプチド(PACAP)、血管作動性腸管ペプチド(VIP)などがあります。
3.新たな理解
片頭痛におけるCGRPの作用は単なる血管拡張にとどまらず、血管内皮や平滑筋に作用し、血管と神経細胞間の双方向の作用を開始するようになると考えられています。脳幹への侵害受容器シグナルの調節には、このような血管現象が複合的な機序によって寄与している可能性があります。
中枢性CGRPの作用
光過敏
CGRPが視覚系に作用し、片頭痛特有の光に対する過敏性を引き起こします。
音過敏
聴覚神経活動への影響により、音に対する異常な感受性が生じます。
触覚過敏
触覚系への作用により、軽い接触でも不快感や痛みを感じます。
音過敏
聴覚神経活動への影響により、音に対する異常な感受性が生じます。
CGRPファミリーについて
CGRPはカルシトニン、α-CGRP、β-CGRP、アミリン、アドレノメデュリン(AM)、アドレノメデュリン2 (AM2)の6つの関連ペプチドからなる遺伝子ファミリーのメンバーです。
一般的にCGRPファミリーは全て恒常性の維持を助ける調節因子です。CGRPと最も類似しているのはアミリンで、CGRPと非常に高い配列同一性を持っています。
注目すべき点としてCGRPとアミリンはAMY1という共通のレセプターを持っています。このことからアミリンはCGRPと類似の作用を有する可能性があります。

アミリンとCGRPの関連性
プラムリンチド
アミリンには血糖降下作用があり、糖尿病治療薬として合成型アミリンであるプラムリンチド(日本未承認)が開発されました。この薬の副作用として頭痛が報告されています。
片頭痛との関連性
片頭痛患者さんにプラムリンチドが投与されると、CGRPを投与された場合と同様に片頭痛を起こすことが報告されています。
機能の重複
非常に類似した構造を持つこと、共通の受容体を持つこと、またCGRPと同じ頭痛を起こすことはCGRPとアミリンが機能的にも重複した役割持つことを示しています。

このような結果からアミリンも片頭痛の原因となっている可能性があり、今後はアミリンに対する治療が片頭痛治療に有効であるかなどの研究が進むと予想されます。
CGRP研究は今後も発展を続け、神経科学、免疫学、内分泌学など様々な分野にまたがる統合的な理解が進むことが期待されます。特に片頭痛におけるCGRPの役割のさらなる解明と、より特異的かつ効果的な治療法の開発に注目されています。