片頭痛は妊娠可能な年齢の女性に最も多く見られる疾患であり、妊娠中にも片頭痛発作のため鎮痛剤が必要となることがあります。片頭痛発作に使用される鎮痛剤であるトリプタンは一般的に妊婦への投与は安全であると考えられていますが、子供の神経発達障害(Neurodevelopmental disorders:NDDs)の長期的リスクに関するデータは不足していました。ここではノルウェーから新たに報告されたトリプタン製剤使用によるNDDsのリスク評価を考察した論文を解説していきます。

辻堂脳神経・脊椎クリニック 院長
中川 祐
なかがわ ゆう
慶應義塾大学医学部卒業。慶應義塾大学病院、済生会横浜市東部病院、横浜市立市民病院、済生会宇都宮病院、足利赤十字病院、日野市立病院にて勤務後、辻堂脳神経・脊椎クリニックを開院。 脳神経外科専門医・指導医 脳神経血管内治療専門医
ノルウェーの全国的なデータベースを用いた研究
Margherita Camanni, et al. Association of Prenatal Exposure to Triptans, Alone or Combined With Other Migraine Medications, and Neurodevelopmental Outcomes in Offspring. Neurology. 2025 Jun 24; 104(12): e213678
研究の背景
片頭痛は妊娠可能な年齢の女性で最も多く発症します(人口有病率:17%)。片頭痛の既往があっても妊娠中にはホルモン変化により片頭痛症状が軽減されることが多いですが、約8%の妊婦では新たに片頭痛治療が必要となることも報告されており、母体および胎児合併症のリスクが高まることが報告されています。

妊娠中の片頭痛では胎児への安全性を考慮し、治療選択肢が限られています。片頭痛治療薬ごとの胎児への安全性を評価し、適切な治療アルゴリズムの確立が必要です。
トリプタンは胎盤を通過し、セロトニン受容体を標的として機能するため胎児の脳や神経系の発達を阻害する可能性が考えられていましたが、過去の研究では出生前のトリプタン暴露が直ちに胎児の転機や母体の健康に及ぼす実質的な悪影響は示されず、トリプタンは主要な催奇形因子ではないと結論されています。
アセトアミノフェンは妊娠中の片頭痛治療において最も良好な安全性データを有しています。
スマトリプタンを中心に安全性が評価され使用可能とされています。
バルプロ酸、エルゴタミン、トピラマートなどの治療薬は胎児への危険性により妊娠中は使用すべきでない薬剤です。
マグネシウムの安全性も不明確であり、胎児の骨格異常との関連が示唆されています。
.トリプタンは生後間もない奇形などに関しては影響がないという報告がされていますが、広範な神経発達障害(NDDs)の長期的リスクに関するデータは限られています。これはNDDsは生後間もなくでは診断できず、長期的な評価が必要となるためです。このため、以下のような問題点があります。
- トリプタンは急性片頭痛発作の主な治療薬ですが、安全性に対する懸念からトリプタンを使用していた女性の大多数が妊娠中は使用を中断し、トリプタンを継続していたのは4人に1人でした。
- 一方で、片頭痛を持つ妊婦では最大26%の女性がトリプタンに加えて片頭痛予防薬を使用しているとの報告があります。
- これらの女性では高血圧、うつ病、てんかん、不安障害などの併存疾患にり患しやすくなることも報告されています。
妊娠中のトリプタン系薬剤の使用による神経発達障害(NDDs)への影響を詳細に評価する必要があります。
研究方法
2008年~2023年のノルウェーの全国的な登録に基づくさまざまな医療データベースを用いたコホート研究です。
ノルウェー処方薬データベース(NorPD)とノルウェー医療出生登録を用いて、妊婦におけるトリプタン使用を4つのパターンに分類しました。妊娠前にトリプタンを使用していた女性で、最終月経の12か月前から出産日までにトリプタン処方箋がある場合を暴露ありと定義しています。
41.5%の女性が該当し、妊娠前に低用量使用後、妊娠前に中止した群
31.3%の女性が該当し、妊娠6か月前から使用が増加し、妊娠初期に中止した群
21.3%の女性が該当し、妊娠12か月前から継続使用し、妊娠初期まで継続していた群
5.9%の女性が該当し、妊娠前から妊娠中期まで高頻度で使用を継続していた群
研究結果
26,210
総妊娠例数
妊娠前から片頭痛を患う女性に妊娠例を対象としました。
1,140
NDD診断児数
全体の4.3%の子供が神経発達障害の診断を受けました。
8.0
平均追跡期間
長期的な発達を評価するため、追跡期間は平均8年となりました。
全てのトリプタン使用パターンにおいて、妊娠前の1年間にトリプタン使用のない片頭痛群と比較して、NDDsリスクがわずかに高い傾向が示されましたが、これらのリスクは統計学的に有意ではありませんでした。
- 妊娠前中止群:ハザード比1.08、95%信頼区間[0.91-1.29]
- 早期中止群:ハザード比1.05、95%信頼区間[0.91-1.29]
- 後期中止群(中等度):ハザード比1.09、95%信頼区間[0.88-1.36]
- 後期中止群(高頻度):ハザード比1.16、95%信頼区間[0.85-1.61]
妊娠前中止群を比較対象とした場合には早期中止群、後期中止群(中等度)、後期中止群(高頻度)のいずれにおいてもリスクは0まで低下しました(ハザード比:0.94-1.01)

NDDsは広汎性発達障害、学習能力の特異的発達障害、会話および言語の特異的発達障害、発達性強調運動障害、知的障害、行為障害、注意欠陥多動性障害(ADHD)などが含まれますが、いずれにおいてもトリプタンの使用による有意なリスク増加は観察されませんでした。
後期中止群(中等度)、後期中止群(高頻度)の子どもにおいて、自閉症スペクトラム障害のリスクがわずかに増加する傾向がみられました。重み付けハザード比はぞれぞれ1.24(95%信頼区間:0.78-1.97)および1.30(95%信頼区間:0.66-2.56)でした。
ただし95%信頼区間には0も含まれており、リスク差は1%未満と低い値にとどまりました。
研究結果から示される臨床的意義
過去の報告ではトリプタン使用の長期安全性に関して主に就学前の小児を対象としていましたが、学齢期に現れることの多いADHDや学習障害などのNDDsは過小評価されていた可能性があります。
この度ノルウェーから報告された研究では、思春期まで追跡調査を延長してもNDDsのリスク上昇が認められず、非常に意義のある結果と考えられます。
95%信頼区間には0が含まれたものの、トリプタン系薬剤の中止が遅れた母親から生まれた子ども(中等度|高頻度使用群)はその他の群と比較して自閉症スペクトラム障害が多い傾向が認められました(最大30%)。標本サイズが小さく、また自閉症スペクトラム障害とトリプタン暴露の両方が低有病率であり、この関連性をよりよく評価することが困難でした。自閉症スペクトラム障害のリスクの絶対値は低いことが予想されますが、詳細な評価のためさらなる研究が必要と考えられます。
この研究はサンプルサイズが大きく、長期的な追跡がされており、十分に検証された心理測定機器を含む広範な神経発達情報を利用している点で優れていると考えられます。
この研究の結果からは妊娠中の中等度から重度の片頭痛発作に対してトリプタンを使用することを検討すべきであると考えられます。

最後までお読みいただきありがとうございました。あなたの毎日が少しでも健やかでありますように。