最新の観察研究から帯状疱疹ワクチンが認知症を予防することが報告されました。これらの報告から、帯状疱疹ワクチンは認知症の発症を20%低下させるとされています。これは現在利用可能などの治療法よりも認知症発症の危険性を下げる効果があることになります。ここでは帯状疱疹ワクチンが認知症に及ぼす影響を詳しく解説していきます。

辻堂脳神経・脊椎クリニック 院長
中川 祐
なかがわ ゆう
慶應義塾大学医学部卒業。慶應義塾大学病院、済生会横浜市東部病院、横浜市立市民病院、済生会宇都宮病院、足利赤十字病院、日野市立病院にて勤務後、辻堂脳神経・脊椎クリニックを開院。 脳神経外科専門医・指導医 脳神経血管内治療専門医
帯状疱疹ウイルスとアルツハイマー病の関連性
ヘルペスウイルスは一度感染を起こすと体内の神経に潜伏感染の状態で留まります。帯状疱疹の原因となるウイルスは単純ヘルペスウイルス(herpes simplex virus:HSV)の1種類でHSV-3に分類され、水痘帯状疱疹ウイルスと呼ばれます。帯状疱疹は体内に潜伏しているHSV-3が再活性化することで発症します。
HSV-1(口唇ヘルペス)とHSV-2(性器ヘルペス)はアミロイドの凝集を引き起こします。アミロイドの凝集※1は神経変性疾患の原因となることがあり、実際にヘルペスウイルスのDNAがアミロイドプラークによく見られます。
HSV-1(口唇ヘルペス)の再活性化はタウ蛋白の過リン酸化※2と関連し、タウの伝播に関与している可能性があります。タウ蛋白の過リン酸化は神経細胞の機能障害を起こし、神経変性疾患で観察されます。
※1アミロイド凝集:特定のタンパク質が異常な構造に変化し、互いに結合して凝集体を形成する現象
※2タウ蛋白質:神経細胞の骨格を構成する微小管の安定化に重要な役割を果たします。過剰にリン酸化されると微小管との結合が弱まり、タウ蛋白同士が凝集して神経細胞の機能障害を起こします。
帯状疱疹ウイルスが活性化すると長期にわたる認知機能障害を起こすことが示されています。
帯状疱疹ワクチンは認知症予防に有効なのか?
ウェールズでの観察研究から得られた知見
2013年9月1日にウェールズで帯状疱疹ワクチンが導入された際、80歳以上(1993年9月1日以前生まれ)の方には有効性が低いという理由で接種が永久に禁止されました。この方針により、1993年9月2日以降の1週間に生まれた方(接種率47%)と、それ以前の1週間に生まれた方(接種率 ほぼ0%)はワクチン接種率以外は非常に類似した2つのグループが自然に形成されました。
ワクチン接種可能なグループ(接種率47%)では、7年間の追跡期間中に認知症と診断されるリスクがワクチン接種不可能なグループ(接種率ほぼ0%)と比較して8.5%減少しました。
実際にワクチンを接種した人では認知症発症のリスクが7年間で20%減少しました。

認知症の発症には多くの因子が関与するため、2つのグループで人種や性別、年齢、生活環境などが異なってしまうとワクチン接種による認知症の発症抑制効果を比較することが困難になります。その点でウェールズで1週間違いで生まれ、同じように成長したこの観察研究の2つのグループは帯状疱疹ワクチン接種率以外の認知症発症に関与する因子はほぼ同じですから、認知症発症率の差は帯状疱疹ワクチン接種によりもたらされたと結論できます。
帯状疱疹ワクチンの効果
帯状疱疹の予防
7年間の追跡期間中、ワクチン接種可能なグループ(接種率47%)では帯状疱疹と診断される確率が18.8%減少しました。
認知症の予防
ワクチンを接種した人では認知症と診断を受けるリスクが約20%も減少するという顕著な効果が確認されました。
女性での高い有効性
帯状疱疹ワクチンの認知症予防効果は、男性よりも女性において顕著に大きいという結果が得られました。


ワクチン接種可能なグループ(青)はワクチン接種不可能なグループ(赤)と比較して認知症と診断される割合が低いことが示されました。上の図のように、女性ではワクチン接種により認知症と診断される確率が大きく低下し、男性では低下はわずかでありました。
帯状疱疹ワクチンによる認知症予防のメカニズム
想定される効果メカニズム①:帯状疱疹ウイルスの再活性化抑制
ウイルスの潜伏
帯状疱疹ウイルスは水痘(水ぼうそう)回復後も神経節に潜伏し、免疫力が低下した際に再活性化を起こします。
ワクチン接種
ワクチンが免疫を強化し、臨床的再活性化と不顕性再活性化の両方を抑制すると考えられます。
神経保護
再活性化抑制により神経炎症や血管障害が減少し、脳を保護します。
帯状疱疹ウイルスの再活性化を抑制することが認知症を減らすというメカニズムは以下の事実から支持されます。
- 帯状疱疹に複数回罹患した場合は、1回のみ罹患した場合と比較して認知症の発症率が高い
- 帯状疱疹に対して抗ウイルス薬で治療された場合は、未治療の場合よりも認知症発症率が低い
弱毒化帯状疱疹ワクチンはワクチン接種後数週間で効果を発揮し始めると考えられています。これにより帯状疱疹ウイルスの再活性化の予防効果が現れ、その後に認知症に対する効果が追随すると考えられます。
実際に認知症の発生率の減少は1年以上経過してから現れ始めることが観察されています。
ただしワクチンによる帯状疱疹の減少は、認知症発症のリスクが7年間で20%減少することを説明するには少なすぎるため他のメカニズムも関与していると考えられています。
想定される効果メカニズム②:帯状疱疹ウイルスに依存しない免疫調節効果
帯状疱疹ワクチンの認知症予防効果は男性よりも女性で顕著に大きいことが観察されました。ただし帯状疱疹と帯状疱疹後神経痛の予防効果にはこのような性差は認められず、男女で同等の効果が観察されました。そのため帯状疱疹ウイルスのみではない標的外の免疫調節効果の存在が考えられます。
インフルエンザワクチン接種の有無により帯状疱疹ワクチンの認知症予防効果に違いが認められました。インフルエンザワクチンを最近接種していない人でより認知症予防効果が大きいという結果が観察されました。このことからワクチンにより免疫力を高めることが認知症の発症を予防すること繋がるとも考えられます。
一般的にワクチンによる有益な効果は性別によって強く異なる傾向が観察されています。女性はワクチンに対してより強い抗体反応を示すことが多く、ワクチンの標的外効果ははるかに強いことがしばしば観察され、特に女性の方がワクチンからより多くの利益を得ています。これが効果の差につながった可能性があります。
帯状疱疹になりやすい状況
高齢
加齢とともに細胞性免疫が低下し、帯状疱疹の発症リスクが高まります。50歳以上では特にリスクが上昇します。
免疫力低下
がん治療や臓器移植後の免疫抑制剤使用、HIVなどの疾患による免疫力低下は帯状疱疹リスクを高めます。
アレルギー
自己免疫疾患
アレルギー疾患や関節リウマチ、全身性エリテマトーデスなどの自己免疫疾患を有する方では帯状疱疹の発症率が増加します。
帯状疱疹ワクチン接種の推奨と今後の展望
- どのような人が帯状疱疹ワクチン接種を検討すべきですか?
- 日本では50歳以上の方が帯状疱疹ワクチンの接種対象となります。特に免疫力が低下している方、自己免疫疾患やアレルギー疾患をお持ちの方、家族に帯状疱疹の既往がある方は、接種をより積極的に検討されることをお勧めします。
- ワクチン接種にはどのような副反応がありますか?
- 一般的な副反応として、接種部位の痛み、発赤、腫れなどが見られることがあります。また頭痛、発熱、倦怠感、筋肉痛などの全身症状が現れることもありますが、通常は数日で回復します。重篤な副反応は稀です。
- 認知症予防効果はいつ頃から現れますか?
- 研究データによると、帯状疱疹ワクチン接種後、認知症予防効果は徐々に現れ始め、1年以上経過してから顕著になります。7年間の追跡期間では、認知症リスクが20%減少することが確認されています。
- 弱毒性水痘ワクチンとシングリックスのどちらが良いですか?
- シングリックスの方が帯状疱疹の予防効果が高く、帯状疱疹後神経痛の予防効果も期待できます。しかし2回接種が必要であり、副反応も弱毒性水痘ワクチンよりも起こりやすいです。また費用も高くなります。帯状疱疹になりやすい状況であればシングリックスが推奨されますが、そうでないのであれば弱毒性水痘ワクチンも良い選択肢になると思います。
- 認知症の予防効果はどちらのワクチンが期待出来ますか?
- 今回の認知症予防効果が示されたのは、弱毒性水痘ワクチンです。新しい遺伝子組換えサブユニット帯状疱疹ワクチンであるシングリックスが登場したのはつい最近であり、認知症の予防効果があるかを検証するためには長い年月を要します。
- 今後の研究はどのような方向に進むと考えられますか?
- シングリックスの認知症予防効果の検証や、異なる人種や異なる年齢層での認知症予防効果の確認、他のワクチンとの併用効果の研究などが進められると考えられます。またウイルス感染と認知症の関連メカニズムのさらなる解明も期待されます。